地球には宇宙から絶えず目に見えない高エネルギーの粒子(宇宙線)が降り注いでいます。宇宙線は、遥か彼方のブラックホールや中性子星、超新星残骸などの特殊な環境で発生すると考えられています。そのような環境において、電子や陽電子が人類では作り出すことができないほどのエネルギーまで「加速」され、生み出されているようです。
ところが最近の研究から、地球上のカミナリ雲でも電子が高いエネルギーにまで「加速」されている証拠が見つかってきました。加速された電子が大気分子と衝突することで生じるガンマ線がカミナリ雲からビーム状に放出されていることがわかったのです(図1)。しかし、カミナリ雲の中というありふれた環境において、どのように「加速」が起こるのかはよくわかっていません。さらに、私たちの観測によって、ガンマ線だけでなく高エネルギーの電子が瞬間的に大量に生じている兆候も見えています。どうやら、まだまだ未知の現象がカミナリ雲に潜んでいるようです。
私たちは普段は人工衛星を用いて中性子星や白色わい星といった極めて特殊な天体の研究をしているのですが、本プロジェクトでは宇宙物理の研究で培った検出装置の製作技術を活かし、地球上のカミナリ雲で生じている高エネルギー現象を観測したいと思っています。
雷雲における粒子加速現象についてのより詳しい説明は、以下のウェブサイトを参照してください。
雷雲での粒子加速事象を捉えるために、本プロジェクトではガンマ線と高エネルギー電子を検出するための検出器システム(図2)を開発し、北陸地方の屋外で観測運転をすることでガンマ線や電子の到来数を時々刻々計測しています。多くの時間帯は、宇宙線や周囲に存在する天然の放射性元素に由来する環境放射線が検出されるだけで、単位時間あたりの計測数は「統計誤差」の範囲内でほぼ一定になります。
まれに、粒子加速現象をともなう雷雲が検出器の上空を通過すると、単位時間あたりの計測数が、環境放射線の計測数から急激に上昇することが期待されます(図3)。雷雲は上空の風によって移動し、1分程度で粒子加速領域が検出器の上空を通りすぎるため、計測数の上昇は約1分程度で収まり、計測数はもとの環境放射線の値に戻ります。このような単純な増加・減少の特徴だけであれば、コンピュータプログラムを用いて一律の条件でデータを解析すれば、雷雲由来の計測数増加イベントを自動的に抜き出すことができます。
ところが過去の観測から、雷雲からのガンマ線が観測される際の計測数の増加・減少の時間変化のしかたは、ひじょうに多様であることがわかっています。計測数最大の時間に対して前後対称な増加・減少の形状を示すもの、雷放電に同期してガンマ線放射が急に減少するもの、その逆に雷放電に同期してガンマ線放射が急に増加するもの、などです。これらの複雑な時間変化の特徴は、コンピュータによる自動解析だけでは抜き出せない可能性があるため、大量の観測データに隠れた貴重なイベントを見逃さないように、人の目で一つ一つデータを確認することが重要です。
このウェブサイトでは、みなさんの目で雷雲起源のガンマ線計測数増加の有無をチェックしてもらい、本プロジェクトのデータ解析に貢献してもらうことができるよう、検出器システムで得られたガンマ線・高エネルギー粒子の計測数の時系列データを公開しています。データのチェックと結果の報告は1データセットあたり3クリックで完了します。複数のチェック結果を統計的に処理することで、特徴的な計測数の増加があるデータが抽出できます。データ中に雷雲起源のガンマ線計測数増加らしい特徴がある場合、研究者が詳細な解析を進めます。
雷雲ガンマ線検出器には、空の様子を定期的に撮影している「空カメラ」も搭載されています。夜間の撮影はできないのですが、もしも昼間に雷雲からのガンマ線放射イベントが発生した時には、そのときの雲の様子や風向きを調査できるようになっています。データの分類の際には、空カメラの画像の天気(もしくは夜かどうか)も分類していただきます。以下の写真はある検出器の空カメラの画像のサンプルです。夜間の画像には、たまに月が視野内に写りこんでいるので、見ることができた方はラッキーです。時間帯によっては飛行機雲も写ります。(月や飛行機雲が見えているということは雷雲が出ていないので、もともとの目的である雷雲ガンマ線は検出できませんが...)
観測装置 | 観測開始 | ||
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設置場所 | 観測終了 |
活動履歴 | |
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2017年07月18日 | 夏季観測の一環で富士山山頂測候所に観測装置を設置 |
2017年07月13日 | 夏季観測の一環で東京大学宇宙線研究所 乗鞍観測所に観測装置を設置 |
2017年04月12日 | 新潟県柏崎市での観測を完了 |
2017年04月07日 | 京都大学の 平成29年度「知の越境」融合チーム研究プログラム (SPIRITS) 採択 (研究代表者: 榎戸) |
2017年03月21日 | 石川県珠洲市での観測を完了 |
2016年12月01日 | 石川県珠洲市に観測装置を追加設置 |
2016年10月10日 | 冬季観測に向けて石川県金沢市・小松市の5箇所に観測装置を設置 |
2016年09月01日 | 高速ADCを搭載したFPGAボードを開発完了。 使い方を紹介するウェブサイトを公開 |
2016年07月15日 | 夏季観測の一環で富士山山頂測候所に観測装置を設置 |
2016年07月11日 | 夏季観測の一環で東京大学宇宙線研究所 乗鞍観測所に観測装置を設置 |
2016年04月01日 |
科学研究費補助金・若手研究(A) (研究代表者: 榎戸) 採択 "冬季雷雲の放射線マッピング観測で解明する雷雲電場による粒子加速と高エネルギー現象" |
2016年01月07日 | 金沢大学付属高校にも観測装置を設置 |
2015年11月13日 | 金沢大学角間キャンパスに観測装置を設置 |
2015年10月15日 | 学術系クラウドファンディングサイト「アカデミスト」で研究資金を獲得 |
成果発表リスト | |
2017年12月13日 |
American Geophysical Union (AGU) Fall Meeting, Atmospheric and Space Electricity, AE31A-03, Wada et al, " Initial results from a multi-point mapping observation of thundercloud high-energy radiation in coastal area of Japan sea" |
2017年12月08日 |
平成29年度 東京大学宇宙線研究所 共同利用研究 成果発表会, "可搬型検出器による雷雲由来の電子加速と高エネルギー現象の多地点観測", (和田有希) |
2017年11月23日 |
【論文】 T. Enoto, Y. Wada, Y. Furuta, K. Nakazawa, T. Yuasa, K. Okuda, K. Makishima, M. Sato, Y. Sato, T. Nakano, D. Umemoto & H. Tsuchiya, "Photonuclear reactions triggered by lightning discharge", Nature, 551, 481–484 |
2017年09月15日 |
日本物理学会 秋季年会,
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2017年05月22日 |
日本地球惑星科学連合 2017年合同大会,
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2017年03月19日 | 日本物理学会 春季年会
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2017年02月28日 | MeV ガンマ線天文学研究会(於 京都大学), "雷雲電場による電子加速のガンマ線観測コラボレーション", (榎戸輝揚) |
2016年12月10日 | 平成28年度 東京大学宇宙線研究所 共同利用研究 成果発表会, "雷雲電場による電子加速の観測的研究", (榎戸輝揚) |
2016年05月23日 | 日本地球惑星科学連合 2016年合同大会, " 冬季雷雲のガンマ線測定を狙う多地点観測システムの新規開発", (榎戸輝揚) |
2016年03月21日 | 日本物理学会 春季年会, " 雷雲ガンマ線の多地点観測に向けた検出装置の小型化と2015年度冬季における北陸地方への展開", (和田有希) |