Thundercloud Project
雷雲における粒子加速とガンマ線放射にせまる
NEWS: 「雷雲の中の加速機構を雷が破壊した」の論文が出ました

雷雲プロジェクトの概要

1. 雷はどのように起きるのか

雷雲は天然の「粒子加速器」

地球には宇宙から絶えず目に見えない高エネルギーの粒子(宇宙線)が降り注いでいます。宇宙線は、遥か彼方のブラックホールや中性子星、超新星残骸などの特殊な環境で発生すると考えられています。そのような環境において、電子や陽電子が人類では作り出すことができないほどのエネルギーまで「加速」され、生み出されているようです。

ところが最近の研究から、地球上の雷雲でも電子が高いエネルギーにまで「加速」されている証拠が見つかってきました。加速された電子が大気分子と衝突することで生じるガンマ線が雷雲からビーム状に放出されていることがわかったのです(図1)。しかし、雷雲の中というありふれた環境において、どのように「加速」が起こるのかはよくわかっていません。さらに、私たちの観測によって、ガンマ線だけでなく高エネルギーの電子が瞬間的に大量に生じている兆候も見えています。どうやら、まだまだ未知の現象が雷雲に潜んでいるようです。

雷雲から放たれるガンマ線は雷発生の謎を解く鍵となるか?

私たちにとって身近な現象である雷ですが、実は「何をきっかけに発生するのか」はまだ完全には解明されていません。雷が発生するには大気中に非常に強い電場が必要なのですが、実際の雷雲から観測される電場の強さが雷が発生するには弱すぎるのです。そこで仮説として、雷雲の中で高いエネルギーまで加速された電子やそれによるガンマ線が「きっかけ」を作るのではないか、とも言われています。しかし、これまでの研究では雷雲の観測をほぼ1地点からしか行っていなかったためにデータ量が乏しく、本当に加速された電子やガンマ線が雷発生のきっかけになっているのかの決定打に欠けていました。私たちは、この「雷発生のきっかけ」の謎の解明に、ガンマ線ビームの観測から挑戦します。

図1. 雷雲内で電子が加速され、ガンマ線が放出される様子。

2. ガンマ線をとらえる観測ネットワーク

可搬型のガンマ線検出器システム

私たちの研究プロジェクトでは、雷雲での粒子加速事象を捉えるために、ガンマ線と高エネルギー電子を検出するための検出器システム(図2)を開発しました。 この検出器システムは、[1] ガンマ線や電子が入射するとかすかな光を発生する「シンチレータ」という特殊な結晶と、その光を電気信号に変換して増幅する光電子増倍管(Photo Multiplier Tube)、[2] 電気信号をデジタルデータとして記録するための電子回路モジュール、[3] 遠隔から検出器の状態を監視するためのモバイルWiFiルータから構成されています(図2パネルb参照)。 電子回路モジュールは、汎用のアナログ・デジタル変換ボード( GRWOTH FPGA/ADCボード)と、小型コンピュータ「Raspberry Pi」、独自設計の微小信号用アンプ・環境センサ・GPSを搭載した子基板からできています。 検出器全体は小型の防水ボックスに封入されています。防水コネクタを通じて外部から電源を供給することで、屋外でガンマ線の観測ができるようになっています。

検出器システムの詳細については、2017年12月のAmerican Geophysical Union (アメリカ地球物理学会)の講演会での発表スライドを参照してください。 また、Thundercloud Projectで開発したC++/Rubyのデータ取得ソフトウエアやFPGAファームウエアは、githubでオープンソースで公開しています。他の実験で自由に利用してください。

図2. 自分たちで製作したガンマ線・電子検出システム。[a] 防水ボックスに封入され、観測サイトに設置された様子。[b] 内部構成。[c] FPGA/ADCボード、アンプ子基板、Raspberry Piの電子回路スタック。

冬の北陸地方と、夏の乗鞍岳・富士山での観測

この検出器をもちいた観測は、冬季に雷雲が頻繁に発生することで有名な北陸地方で行っています。10月ごろから翌年の3月ごろまで、約半年間継続的に運転し、ガンマ線や電子の到来数やそれらのエネルギーを時々刻々計測します。 2016年度の観測キャンペーンでは、計10台の検出器を石川県金沢市(3台)、石川県小松市(2台)、石川県珠洲市(1台)、新潟県柏崎市(4台)に設置しました(図3)。検出器が増えたことにより、これまで半年の観測で1-2件程度だった雷雲ガンマ線放射イベントの観測例が、2016年度の半年間の観測だけで12件ものイベントをとらえることができました。

これらの中でもとくに、2017年2月に柏崎で捉えた強力なガンマ線放射イベントでは、雷が反粒子を生成しているという興味深い現象を解明することができました。この結果については「これまでに得られた結果」のセクションで詳しく説明します。

図3. 雷雲ガンマ線の検出器を設置している観測サイト。赤色は冬、青色は夏の観測場所。

3. クラウドファンディングによる研究費の獲得

2015年度には、アカミッククラウドファンディングのプラットフォーム「academist」を通じてクラウドファンディングを実施しました。検出器のプロトタイプを開発して観測を開始するための研究費として、150名を超える方々から総額160万円を支援していただきました。アカデミッククラウドファンディングの詳細と、これまでの進捗報告は以下のプロジェクトページからご覧いただけます。

また、academist Journalでは、プロジェクトメンバーが執筆したコラムや、インタビュー記事が公開されています。あわせてご覧ください。

これまでに得られた結果

雷が反粒子をつくりだす (Enoto et al. 2017)

新潟県柏崎市に設置した検出器が、2017年2月6日 17時34分06秒(日本時間)に起きた雷放電の直後に、多数のガンマ線を検出しました。 得られたデータを解析したところ、このイベントで検出された信号は、

  1. 雷放電の瞬間から数ミリ秒以内に発生した大強度のガンマ線フラッシュ (光核反応を引き起こす種光子)
  2. 雷放電直後に放射が始まり、1秒程度かけて弱まっていったガンマ線 (中性子捕獲原子の脱励起による即発ガンマ線)
  3. 雷放電の30秒後から約50秒間にわたって観測された特徴的なエネルギーのガンマ線 (電子陽電子対消滅ガンマ線)

という3つの成分から構成されていたことがわかりました。

これらの3つの成分のガンマ線のエネルギー分布・到来時間を、原子核反応によって生じるガンマ線のエネルギーと比較したり、計算機シミュレーションと比較したりした結果、今回のイベントでは「雷放電で加速された電子がガンマ線を放出し、そのガンマ線が大気中の窒素や酸素の原子核と衝突して、原子核から中性子をはじき出す現象」が起きていたことがわかりました。この現象は専門用語で光核反応(光による核変換)と呼ばれます。

光核反応は、粒子加速器の内部や宇宙空間では起きることが知られています。今回の研究結果は、雷によってそれが引き起こされていることを世界ではじめて観測的に示しました。とくに、図4のように、光核反応によって大気中の窒素原子から中性子がはじき出される場合、あとに残される不安定な窒素の放射性同位体からは、電子の反粒子である陽電子が放出されることが原子核物理学の研究からわかっています。今回のイベントでは、そのような放射性同位体が風に乗って私たちの検出器の上空を通過していったと考えられます。その途中で放出された陽電子は、大気中の電子と衝突して消滅するさいに「電子・陽電子対消滅ガンマ線」という、決まったエネルギー(0.511 メガ電子ボルト)をもつガンマ線を2つ放出します(上記のリストの3番目の要素)。私たちの検出器はこの「電子・陽電子対消滅ガンマ線」の存在も、はっきりととらえていました。これにより、雷雲や雷放電は、自然界の加速器であるとともに、反粒子の生成装置でもあることが明らかになったのです。

私たちは2017年3月から観測データの詳細解析と論文執筆を進め、2017年7月にNature誌に投稿しました。2名のレフェリーによる査読と改訂をへて、9月にLetter論文として受理され、11月に出版されました。広範な読者を対象とした論文雑誌に掲載されることが決まったことは、この研究成果が雷雲や雷放電の研究者だけでなく、より広い研究領域に対してインパクトをもつことが認められたのだと考えています。 今回の論文で発表した成果については、京都大学などからプレスリリースを出しています。プレスリリース資料では、観測された物理現象や生成される窒素や炭素の同位体の重要性について、さらに詳しく解説しているので、ぜひ参照してください。

なお本研究成果は、英国物理学会 Institute of Physicsの会員誌「Physics World」の"Top Ten Breakthrough of the Year (2017)"のひとつとして選出されました。

論文の情報

T. Enoto, Y. Wada, Y. Furuta, K. Nakazawa, T. Yuasa, K. Okuda, K. Makishima, M. Sato, Y. Sato, T. Nakano, D. Umemoto & H. Tsuchiya,
"Photonuclear Reactions Triggered by Lightning Discharge" (訳: 雷放電によって引き起こされる光核反応),
Nature 551, 481–484 (23 November 2017) doi:10.1038/nature24630

より詳しく知るために

メディアでの報道

図4. 雷からのガンマ線で引き起こされる光核反応と、それに続く一連の物理現象のまとめ。図中のグラフは、電子・陽電子対消滅ガンマ線のカウント数の時系列データ(実際に観測されたデータ)。

雷雲の中の加速機構を雷が破壊した (Wada et al. 2018)

2017年2月11日、石川県珠洲市の金沢大学能登学舎において、大気電場計が雷雲の接近を検知したのと同時に放射線検出器がガンマ線量の増大、すなわち「ロングバースト」を観測しました。ロングバーストは約1分間継続した後、雷放電によって一瞬で途絶しました。富山湾に設置された5台の長波帯 (LF) 電波受信機は、この雷放電が能登学舎の西15 kmで開始し、約300ミリ秒かけて水平方向に70 km進展したことを検出しました。この放電路の進展は能登学舎の南東わずか0.7 kmのところを通過しており、またその通過時刻はロングバーストが途絶した時刻と一致しました。このことから、放射線検出器の上空に存在した雷雲中の電場加速機構が、水平方向に進展した雷放電の通過によって破壊されたことが直接的に示されました。

これまでも雷放電とともにロングバーストが途絶する事象は世界各地の地上実験・航空機実験などで確認されていました。しかし従来の雷検出技術では対地雷の瞬間など、放電プロセスの一部しか観測することができず、特に雷雲内における放電路の進展といった微弱な事象を観測するには至っていませんでした。今回は十分な時刻精度を持った放射線検出器と、放電路の進展を検出できるLF帯域の観測技術を組み合わせることにより、加速機構の破壊と雷放電との関連を明確にすることに世界で初めて成功しました。

ロングバーストは世界各地で観測されている事象でありながら、発生する条件などが明らかになっていません。また雷の前駆現象として注目されながらも、雷放電が開始する「きっかけ」とどのような関係にあるかもわかっていません。今回の観測事象では放電そのものはロングバーストが観測された地点から15 km離れたところで開始していたため、放電のきっかけにロングバーストは関与していませんでした。一方で今後さらに放射線と雷放電の観測を継続することにより、放電の開始とロングバーストとの関係性が明らかになると考えられます。

図. 雷雲中での粒子加速とガンマ線放射が、放電によって消滅する過程の概念図。

論文の情報

Y. Wada, G. Bowers. T. Enoto, M. Kamogawa, Y. Nakamura, T. Morimoto, D. M. Smith, Y. Furuta, K. Nakazawa, T. Yuasa, A. Matsuki, M. Kubo, T. Tamagawa, K. Makishima, & H. Tsuchiya,
"Termination of Electron Acceleration in Thundercloud by Intra/Inter‐cloud Discharge" (訳: 雲内/雲間放電による雷雲内での電子加速の途絶),
Geophysical Research Letters (17 May 2018) doi:10.1029/2018GL077784 [Open Access]

より詳しく知るために

チーム

榎戸輝揚

Teruaki Enoto

京都大学 / Kyoto University

 

湯浅孝行

Takayuki Yuasa

元 理化学研究所 / Ex RIKEN

 

土屋晴文

Harufumi Tsuchiya

理研・原研 / RIKEN-JAEA

和田有希

Yuuki Wada

東京大学 / University of Tokyo

中澤知洋

Kazuhiro Nakazawa

名古屋大学 / Nagoya University

中野俊男

Toshio Nakano

理化学研究所 / RIKEN

古田禄大

Yoshihiro Furuta

東京大学 / University of Tokyo

松元崇弘

Takahiro Matsumoto

東京大学 / University of Tokyo

成果発表と活動履歴

成果発表リスト
関連論文をまとめたADS Libraryも参照してください。
2018年04月10日 European Geoscience Union General Assembly 2018 (EGU 2018, invited), Atmospheric Electricity, Thunderstorms, Lightning and their effects,
2018年03月28日 原子力学会 春季年会,
"日本海沿岸における冬の雷や雷雲に伴う放射線観測", (土屋晴文)
2018年03月22日 日本物理学会 春季年会,
2018年03月17日 天文学会 春季年会,
"地上と宇宙から探る雷放電に同期する突発ガンマ線観測への取り組み", (中澤知洋)
2018年03月13日 金沢大学付属高校 出前授業,
"雷雲と雷が起こす高エネルギー大気物理現象", (榎戸輝揚)
2018年03月10日 電気学会東海支部研究フォーラム,
"雷雲と雷の高エネルギー大気物理学:雷での光核反応の発見", (榎戸輝揚)
2018年03月03日 「雷雲と宇宙線の相互作用に伴う高エネルギー現象」研究会,
2018年02月04日 平成29年度「高高度発光現象の同時観測」研究会,
"雷雲と雷が起こす高エネルギー大気物理現象", (榎戸輝揚)
2018年01月20日 鶴岡市雷サミット2017,
"カミナリが反物質の雲をつくる?!〜大発見!雷の意外な能力〜", (榎戸輝揚)
2017年12月13日 American Geophysical Union (AGU) Fall Meeting, Atmospheric and Space Electricity, AE31A-03,
Wada et al, " Initial results from a multi-point mapping observation of thundercloud high-energy radiation in coastal area of Japan sea"
2017年12月08日 平成29年度 東京大学宇宙線研究所 共同利用研究 成果発表会,
"可搬型検出器による雷雲由来の電子加速と高エネルギー現象の多地点観測", (和田有希)
2017年11月23日 【論文】
T. Enoto, Y. Wada, Y. Furuta, K. Nakazawa, T. Yuasa, K. Okuda,
  K. Makishima, M. Sato, Y. Sato, T. Nakano, D. Umemoto & H. Tsuchiya,
"Photonuclear reactions triggered by lightning discharge", Nature, 551, 481–484
2017年09月15日 日本物理学会 秋季年会,
2017年05月22日 日本地球惑星科学連合 2017年合同大会,
2017年03月19日 日本物理学会 春季年会
2017年02月28日 MeV ガンマ線天文学研究会(於 京都大学), "雷雲電場による電子加速のガンマ線観測コラボレーション", (榎戸輝揚)
2016年12月10日 平成28年度 東京大学宇宙線研究所 共同利用研究 成果発表会, "雷雲電場による電子加速の観測的研究", (榎戸輝揚)
2016年05月23日 日本地球惑星科学連合 2016年合同大会, " 冬季雷雲のガンマ線測定を狙う多地点観測システムの新規開発", (榎戸輝揚)
2016年03月21日 日本物理学会 春季年会, " 雷雲ガンマ線の多地点観測に向けた検出装置の小型化と2015年度冬季における北陸地方への展開", (和田有希)
活動履歴
2018年03月19〜20日新潟県柏崎市での観測を完了
2018年03月14〜15日石川県小松市での観測を完了
2018年03月08〜15日石川県金沢市での観測を完了
2018年03月03日「雷雲と宇宙線の相互作用に伴う高エネルギー現象」研究会を主催(於宇宙線研究所)
2017年11月27〜12月01日冬季観測に向けて石川県金沢市・小松市の8箇所に観測装置を設置
2017年11月13〜14日冬季観測に向けて新潟県柏崎市に観測装置を設置
2017年07月18日夏季観測の一環で富士山山頂測候所に観測装置を設置
2017年07月13日夏季観測の一環で東京大学宇宙線研究所 乗鞍観測所に観測装置を設置
2017年04月12日新潟県柏崎市での観測を完了
2017年04月07日 京都大学の 平成29年度「知の越境」融合チーム研究プログラム (SPIRITS) 採択 (研究代表者: 榎戸)
2017年03月21日石川県珠洲市での観測を完了
2016年12月01日石川県珠洲市に観測装置を追加設置
2016年10月10日冬季観測に向けて石川県金沢市・小松市の5箇所に観測装置を設置
2016年09月01日 高速ADCを搭載したFPGAボードを開発完了。 使い方を紹介するウェブサイトを公開
2016年07月15日夏季観測の一環で富士山山頂測候所に観測装置を設置
2016年07月11日 夏季観測の一環で東京大学宇宙線研究所 乗鞍観測所に観測装置を設置
2016年04月01日 科学研究費補助金・若手研究(A) (研究代表者: 榎戸) 採択
"冬季雷雲の放射線マッピング観測で解明する雷雲電場による粒子加速と高エネルギー現象"
2016年01月07日金沢大学付属高校にも観測装置を設置
2015年11月13日金沢大学角間キャンパスに観測装置を設置
2015年10月15日 学術系クラウドファンディングサイト「アカデミスト」で研究資金を獲得